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Page Name | 女の子が読みたい小説を大特集 |
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Body | 真夏の炎天下。 頭から真夏の太陽がジリジリと照りつける中、吉沢凛子はショッピングモールの入り口に立ち、チラシ配りのアルバイトをしていた。 そんな時偶然、入り口から入る一組の男女の姿が目をひいた。 その二人の後ろ姿は凛子の彼氏、林佑樹と自分の親友である榎本月香ではないか? でも林佑樹は今日、仕事の面接に行くと言っていたはずじゃなかった? はっとして凛子は急いで二人を追った。 しかし、彼女がショッピングモールに入った時には、二人の姿はもう見当たらなかった。 中を何度も回ってみた後、彼女の携帯電話に突然、ショートメッセージでカード使用履歴が届いた。 それはジュエリーショップの購入記録で、消費額は100万円近くだった。 吉沢凛子はこの数字を見て、気が動転してしまった。これは彼女が半年でようやく稼げる金額なのだ。 吉沢凛子はすぐにそのジュエリー店に飛び込んだ。ちょうど店員がキラキラ光るダイヤの指輪を榎本月香の薬指にはめるところだった。 それは大粒のダイヤモンドで、カットも美しい。まさに吉沢凛子が前々から素敵だと思っていた指輪だ。 榎本月香の満面の笑みに、吉沢凛子は頭の中が真っ白になっていた。 林佑樹が仕事を失ってからこの半年間は、彼女が住む所も食事も提供していたのだ。それなのに、彼女のカードを使って浮気相手にダイヤの指輪を買っている? 彼女の存在は? すると彼女は彼らのもとに駆け寄り、榎本月香の指にはまっていた指輪を取り上げ、店員に突き返した。 「この指輪は返品します」 「吉沢凛子、あなたどういうつもり?これは私がさっき買った指輪よ。なんであんたが勝手に返品しようとしているのよ?」と榎本月香は大きな声で怒鳴った。 「パンッ!」すると、吉沢凛子は榎本月香の頬を平手打ちした。 「お前、なにやってるんだ?」この時、林佑樹がちょうど支払いを終えて戻ってきた。彼は榎本月香の様子を見て痛ましく思い自分の胸に抱き寄せて、吉沢凛子に怒鳴りつけた。 「ちょっとおまえの金を使っただけだろ、狂犬みたいに人を襲って、恥ずかしくないのか?」と林佑樹は嫌悪感を顕にした。 この瞬間、吉沢凛子は心を砕かれた。裏切られ、怒りと屈辱で彼女は目を真っ赤にさせた。 「私が汗水流して一生懸命働いたお金で、あんたは女に貢いでるんでしょ。恥ずかしいのはそっちのほうじゃないの?」 「俺が貢いで何が悪いんだよ。おまえこそ自分自身をしっかり見つめてみろよ、おまえなんかを好きになる男はこの世にいないぞ!」 この半年、林佑樹を養うために彼女は食事もなるべく節約して、長い間化粧品だって使わず、着ている服も昔からあるものばかりだ。しかし、自分への見返りが、こんな堂々とした裏切りだったとは! 騒ぎを聞きつけて人だかりがどんどん増えていった。林佑樹は激怒してクレジットカードとレシートを吉沢凛子の顔に叩きつけた。 「ほらよ、返してやるよ。金、金、金、おまえにはもう、うんざりなんだよ」 カードで叩かれた顔は痛かったが、それよりも傷ついたのは吉沢凛子の心のほうだった。 「吉沢凛子、おまえみたいな女の末路はな、孤独死なんだよ。おまえを受け入れられるような男はいないからな」と林佑樹は言い終わると、榎本月香を連れて、ショッピングモールから出て行った。 吉沢凛子は一言もしゃべらず、床に落ちたカードとレシートを拾い、返品の手続きを終わらせて、そのまま彼女と林佑樹が住む家に帰った。 その家には部屋が二つあり、林佑樹と彼女はそれぞれ別々の部屋を使っていた。 以前、彼女は林佑樹のことを紳士的な男だと思っていたのだから、笑ってしまう。 部屋に入ると、彼女はすぐに林佑樹の荷物を整理し、彼を追い出す準備をした。 彼女がベッドのシーツを翻した時、使用済みのコンドームを見つけた。 それを見た瞬間、吉沢凛子の林佑樹に対する最後の期待は完全に消滅してしまった。 梱包された彼の荷物は、一つ一つ家の玄関前に置かれていた。 この時、林佑樹は榎本月香を連れて帰ってきた。 そして、荷物を片付けられ空っぽになった部屋を見て、林佑樹の怒りは頂点に達した。 「吉沢凛子、てめえ、頭でもおかしくなったんじゃないのか。おまえに俺の私物に手を付ける資格なんかねえだろ?」 吉沢凛子はリビングのソファに腰掛けていた。以前、彼女は林佑樹がこの世で一番格好良い男に見えていたが、今よく見てみると、ただ気持ち悪いとしか思えなかった。 「ちょうど良いところに帰ってきたわ。あなたの部屋の鍵をちょうだい。もうここへは来ないでくれるかしら、私の場所が汚れちゃうから」 「凛子、何か勘違いしてるんじゃないのか?以前は家賃を俺も出してたんだぞ、なんで俺が出て行かなきゃならないんだ?」と林佑樹は大きな声で怒鳴った。 「あなたも今言ったでしょ、以前のことだって。この半年間の家賃、それから2年半の生活費も私にくれたことあったっけ?」 吉沢凛子は冷静になり、全面的に争う姿勢だ。 林佑樹は、ご近所たちが非難し始めたのを見て、面子を保てなくなり、とりあえずここは穏便に済ませようと言い逃れをしておくことにした。 「吉沢凛子、おまえ金が欲しいんだろ?半年間の家賃って言っても、たったの50万くらいで、俺の一ヶ月半の給料にすぎないさ。仕事が見つかったら、その家賃を返してやるよ」 「半年も待つ必要なんかないわ、今この女にお金をあげましょ」榎本月香は携帯を取り出し、吉沢凛子の前に来ると「こうしましょ、私が半年の家賃を払うわ。あなたは今すぐ出て行きなさい」と言った。 榎本月香はしっかりと計算していた。半年の家賃の半分といっても20万ちょっとで、ここ数年、吉沢凛子のバカ女が出した金額はこれだけではないはずだ。でも、彼女はこうすることで林佑樹に良い印象を与えることができる。 林佑樹は国立の良い大学を卒業していて、能力はある。以前働いていた時には一ヶ月に60万は稼いでいたのだから! 榎本月香は吉沢凛子が快く頷くのを見ると、携帯の送金画面を開き、すぐにお金を送った。 そして彼女は得意げに玄関を指差して言った。「さっさと荷物を整理して出て行きなさい!」 「焦らないで」吉沢凛子はゆっくりと彼らに背を向けると、部屋から不動産権利書を出してきた。 「あなた達しっかり見てみなさい」彼女が不動産権利書を開くと、権利書の名義は吉沢凛子となっていた。 「私はこの家の持ち主よ。今日、この家は返してもらうわ」 「凛子、おまえ俺をハメたのか?」不動産権利書を見て、林佑樹はすぐ烈火のごとく怒った。「おまえが家主だっていうのに、長年俺に家賃を支払わせていたのか?」 「人の家に住むのに家賃を払うのは当然のことでしょう?」吉沢凛子は自分に何の罪があるのかと、肩をそびやかした。 「てめえ、汚ねえ奴!」林佑樹は指先をわなわなと震わせ吉沢凛子を指差した。「以前はおまえのことを甘く見すぎてたよ」 「吉沢凛子、あんた卑怯よ」榎本月香も相当に後悔していた。お金もなくなり、住むところも失ったのだから。 「あなた達と比べたら、私なんてまだカワイイものでしょう」 吉沢凛子はドアを開けて言った。「さっさと荷物を持って、出て行きなさい!」 榎本月香はまだ納得していない様子だったが、林佑樹はご近所が見物に来ているのを見て、すぐに榎本月香の手を引き、去っていった。 その前に後ろを振り向き吉沢凛子を一瞥して、心の中でこの家をどうにか自分のものにできないかと陰謀を企てていた。 クズ男を始末し、吉沢凛子は力なく壁の隅に寄りかかった。 これでいい、今後はもうあのクズ男のために、忙しく働く必要はなくなるのだからと心の中で思っていた。 しかし、一息ついたすぐそばから、携帯が鳴った。吉沢凛子が見てみると、それは弟からの電話だった。 「姉ちゃん、ばあちゃんが癌になって、手術するのに1000万必要なんだって。俺そんなにお金ないよ、俺......」弟は電話の中で声を詰まらせて泣いていた。 それを聞いた吉沢凛子にとってこの知らせは、まさに青天の霹靂だった。 でも、かすれた声で「落ち着いて、先に200万送金するから、おばあちゃんの入院手続きをしてちょうだい。残りの治療費は私がどうにかするから」とただ弟に気休めの言葉をかけることしかできなかった。 電話を切ると、吉沢凛子はすぐにクレジットカードからキャッシングするため、オンライン手続きをした後、すぐさま弟に送金した。 おばあさんはこの姉弟を一人で苦労して育てあげてくれた人なのだが、彼女が今癌という重い病気になったからには、どうあってもおばあさんを助けなければならない。 しかし、こんな大金、彼女に集められるのか?今すぐ家を売ったとしても、すぐには買い手が見つかることはないだろう。 誰かにお金を借りる? 吉沢凛子は手当たり次第に、高校から大学までの同級生に連絡し、お金を借りて回った。 ただ、それぞれから少しずつ集めてようやく何万円かになるくらいだったし、人によっては電話にすら出てくれなかった。 彼女が途方に暮れていた時、ネットに出てきた結婚相手募集の広告に目を引き付けられた。 その内容は非常にシンプルだった。 男性側はサラリーマンで、結納金として1000万円用意している。若くて心の優しい女性を伴侶として求めているらしい。ただ一つ彼の祖父の面倒を半年間見るという条件だけが書かれてあった。 吉沢凛子はその『結納金1000万円』に瞬時に心を引かれてしまった。 その時は、それが詐欺かどうかなど考えるような余裕すらなかった。 そして、彼女はすぐに広告に掲載されていた番号に電話をかけた。 しかし、なかなか相手に繋がらず、吉沢凛子は他の誰かに先を越されたのではないかと、かなり焦っていた。 そしてようやく電話が繋がった。 それなのに相手は暫く黙ったまま何も言わなかった。 吉沢凛子はやはり詐欺だったのかと思い電話を切ってしまった。 孫がずっと黙ったままだから電話をかけてきた女性が切ってしまったので、篠崎家のおじいさんは焦ってステッキで容赦なく彼を叩いた。 そして、彼にすぐ電話をかけ直すよう命令した。 吉沢凛子は再びかかってきた電話に出るのを少しためらっていたが、結局は出ることにした。 今度は相手が口を開いた。 その相手は低く魅力的な声をしていた。 「すみません、さっきは電波がちょっと悪くて」 「大丈夫ですよ」 「では、先にこちら側の状況について説明しておきます。私の名前は篠崎暁斗、28歳。テクノロジー会社でIT関係の仕事をしています。年末のボーナスを除いて月に60万の収入、購入済の家と自家用車があります。それから特に悪い習慣などは全くありません。 そして、特に注意していただきたいのは、うちには病気の祖父がいまして、結婚してから半年は祖父と一緒に暮らしてもらいたいということです。それに、専業主婦になっていただきたいんです。私の給料は全てあなたが管理してもらって結構です。もちろん、あなたが働いてはいけないと言っているわけではなく、祖父の世話を優先してもらいたいということです。 全て受け入れてもらえますか?」 吉沢凛子は少しの間黙っていた。仕事を諦めておじいさんのお世話をするのがちょっと困るなと思う以外は、その他の条件はとても良いものだった。 相手も完全に専業主婦になれと言っているわけではないが、ただ働きながらおじいさんのお世話を完璧にこなすのは少し難しそうだ。 こうしてみると、この男性は、まあ理にかなったことを言っている。 吉沢凛子は少し考えて、男性の条件をのむことにした。 「じゃあ、1000万の結納金以外に、必要なお金はありますか?」 「ありません」吉沢凛子はきっぱりと返事した。 たぶん彼女があまりにあっさりしすぎていたせいだろう。その態度が逆に篠崎暁斗に疑いを抱かせてしまった。「本当にありませんか?例えば不動産権利書に名義を追加するとか、他にも......」 「結構です。結婚前の財産はやっぱりそれぞれの所有物ですから」 相手はまたしばらく口を閉ざしてしまった。 吉沢凛子はまた相手の電波が悪くなったのかと思っていたが、突然また篠崎暁斗の低い声が響いてきた。 「明日の9時、戸籍謄本と身分証を持って役所の入口で待ち合わせしましょう」そう言うと、相手は電話を切ってしまった。 なんでそんなに急いで結婚手続きに? 吉沢凛子は、まだその1000万をいつもらえるのか聞いていないのに。 翌朝、吉沢凛子は目の下に大きなクマを作り出かけて行った。 昨晩、弟がまた電話をかけてきて、おばあさんの手術費は少なくとも2000万かかると言われ、彼女は一睡もできなかったのだ。 彼女は悩みすぎて一夜にして老けてしまった気がした。 そしてわざわざ病院まで赴き、弟が騙されているのじゃないか確認までした。しかし、手術の書類を見てようやく本当のことなのだと確信した。 9時ちょうど、吉沢凛子は役所の入口にやってきた。 休み明けで、役所の入口には結婚手続きの人や離婚手続きの人など、とにかくたくさんの人がいた。 吉沢凛子はその人だかりの中からすぐに男性を見つけた。彼はピシッとアイロン掛けされた紺色のスーツに身を包み、首元は少し浮き出ていて、喉仏が見えていた。彼は腕時計をつけている以外、他には何もつけておらず、全体的にシンプルでスッキリとしていた。 彼の額にかかる薄めにカットされた前髪は少しウェーブがかっていて、朝日に照らされて琥珀色に輝いていた。長く繊細なまつ毛は下を向いていて、彼の感情は読み取ることができなかった。 吉沢凛子は写真を取り出すと、ためらいながらも写真よりも格好良く、気品のある男性が彼女のスピード結婚相手であるかどうか確認していた。その時、男性はすでに彼女の方に向かって歩いてきていた。 二人はお互い丁寧に挨拶をした後、一緒に役所の中に入っていった。 篠崎暁斗は整理券を取り、二人一緒に椅子に座って待っていた。 この時、ずっと言い出そうか迷っていた吉沢凛子がやっと口を開いた。「篠崎さん、すみません、結婚手続きをする前に、ちょっとご相談したいことがあるのですが」 篠崎暁斗は頷いて「何ですか?」と聞いた。 「あの、1000万円の結納金とは別に、1000万円をお借りできないでしょうか?」 篠崎暁斗はあからさまに少し不愉快そうな顔つきで彼女のほうを向いた。 頭の中に昨日おじいさんが資料を選んでいた様子が浮かんできた。 「この娘さんは理学療法士としての知識を学んであるし、家庭状況も複雑じゃなさそうだ。綺麗な人だし、見た感じ純粋な人のようだ......」 純粋な人、ははは 吉沢凛子は急いで説明した。「このお金は借りるだけです。もちろん借用書も準備します。家を売ってお金が入ったら篠崎さんにお返しします。もし、それでもダメなら利子を付けてもらっても構いません」 「昨日電話でどうしてこのことを話さなかったんですか?」篠崎暁斗は騙されたと思い、立ち上がって外へと歩いて行った。 入口で、篠崎暁斗はおじいさんからの電話を受けた。 「結婚手続きはもう終わったのか?」 この時、吉沢凛子が追いかけてきて、書き終えた借用書を篠崎暁斗に見せ、自分は本当に困っていて絶対に騙しているわけではないと伝えた。 おじいさんの期待がこもった声を聞き、篠崎暁斗は結局はあきらめて彼女のことを受け入れることにした。 おじいさんの病はもう治すことができず、あと半年の命だから、死ぬ前に孫が結婚して子供ができるのだけが願いだったのだ。 彼は電話を下げると、厳しい顔つきで吉沢凛子に向かって言った。「まず、この金額は少なくないから、できるだけ用意すると約束しておきます。それから、お金が入ったらすぐに私に返してください。最後に、今後二度とこのようなことはしないでください」 「分かりました。家を売ったらすぐにお金を返します。今後あなたからお金を借りるようなことは一切しません」 篠崎暁斗はそれ以上は何も言わず、体の向きを変えて、役所に戻っていった。 そして、すぐに吉沢凛子と篠崎暁斗の手続きの番になった。その手続きの間、篠崎暁斗はずっと何か忙しそうにメッセージを送り続けていた。 手続きが終わると、彼は会社に戻ると言って、吉沢凛子に帰って荷物を整理し次の日の夜、彼の家に引っ越してくるように伝えた。 吉沢凛子は自分が図々しすぎるのではないかと思っていた。1000万の結納金をもらううえに、さらに1000万を借りるのだから。 でも、こうなってしまった以上、彼女には他の方法はなかったのだ。 篠崎暁斗はタクシーに乗り、交差点を曲がったところで車を降りると、路肩に止めていた一台の黒いベントレーまで歩いて行った。 彼は運転しながら電話をかけ、執事にすぐおじいさんの家にある貴重な家具や装飾品を撤去し、そこらへんでよく見かけるような中古の家具に取り替えるよう指示を出した。 それから、彼に中古の200万以内の自家用車を買わせた。 車に乗り込むと、彼は腕につけていた2億もするダイヤの腕時計を取り外した。 それから、スーツと携帯電話以外にそんなに高価なものはないことを確認した。 彼はこれでようやくホッと一息ついた。 吉沢凛子はもちろん、自分がさっき億万長者の大富豪と結婚したなんて知る由もなかった。 彼女は先に不動産会社へ行き、自分の家の売却情報をネットに出してもらい、そしてすぐに会社へと向かった。 会社に着くと、榎本月香がちょうど会社の受付で彼女の悪口を言っているところだった。 榎本月香は吉沢凛子に背を向けて話していたので、彼女の存在に気づいておらず、話はもっとエスカレートしていった。 「吉沢凛子はね、学生の時、ある男性教師にどっちつかずの態度で誘惑して、卒業論文をその先生に書いてもらったんですって」 「綺麗な子ってお得よねぇ」と受付嬢は嫉妬して言った。 「綺麗だからって何よ、猫かぶりのくせに、男を誘うことしか能がないんじゃない」と榎本月香は不満そうに言い返した。 「それも彼女の能力の一つでしょ、彼女のカレシって超イケメンだって聞いたけど、その人もあなたたちの同級生なの?」 「ハッ!」と榎本月香は少し得意そうな顔をして言った。「林佑樹は今、私の彼氏よ」 「いつから?」受付嬢は興味津々で尋ねた。「ということは、吉沢凛子はフラレたってこと?」 「私が振られてそんなに嬉しいわけ?」吉沢凛子が突然話しかけたので、二人はとても驚いた。 「あんた、幽霊か何かなの、全く気配を感じなかったわよ、びっくりしたぁ」榎本月香は白目で吉沢凛子を一瞥した。 「榎本月香、あなたこんなところで油売ってないで、林佑樹の履歴書を送るのを手伝ってあげれば?あなただけの給料じゃ、あいつを養うのは難しいわよ」 榎本月香は吉沢凛子と同級生なのだが、凛子は早くに財務部長まで昇進し、彼女はまだ下っ端の経理職員でしかなかった。だから、二人の給与にはかなりの差があるのだ。 吉沢凛子がそれでも週末にはチラシ配り、広告会社のモデルのアルバイトを掛け持ちしていたのは、林佑樹の出費が大きかったからだ。彼はゲームをしたり、ブランドの高級品を購入したり、さらにはバーで夜通し酒を飲むなど、彼女が稼いだお金をまるで湯水の如く散財していたのだ。 もちろん吉沢凛子には、このことを榎本月香に教えるような義理などない。 榎本月香はこの時、良い物を手に入れたと思っていたから、彼女は吉沢凛子が言う皮肉を自分のことを嫉妬し恨んでいるからだと思って聞いていた。 そして、彼女は見下したように笑った。「ご心配いただかなくても結構です。アステルテクノロジーが彼に面接の連絡をくれたの。アステルテクノロジーって聞いたことあるでしょ?あそこは大企業で、月収は100万あるんだから」 榎本月香は人差し指を立てて吉沢凛子の目の前で左右に揺らした。「羨ましいでしょ、嫉妬した?」 「お子様ね!」吉沢凛子は榎本月香の横を通り過ぎ、自分のオフィスへと向かっていった。 オフィスに入ると、彼女はデスクの上に溜まっているまだ処理されていない領収書の山を見つめた。 「これは経理の仕事じゃないの、どうして私のところに?」と吉沢凛子はアシスタントに尋ねた。 「福留社長が榎本月香さんがここ数日体調不良だから、吉沢さんに代わってやってもらうようにと言ってきたんです」とアシスタントは答えた。 「また私に」吉沢凛子は怒ってファイルフォルダーをデスクに叩きつけ、その衝撃で中にあった領収書が床に散乱した。 これが初めてのことではない。以前、榎本月香がこんなに腹黒女だとは全く思っていなかった。今、吉沢凛子は自分は本当にバカだと思った。昔の自分は榎本月香を親友だと思っていたのに、まさか自分に災いを招いてしまう結果になるとは。 丸一日、吉沢凛子は水すら一口も飲む暇がないほど忙しく働いた。食事なんて言うまでもない。 夜、家に帰ってカップラーメンを適当に食べた。 それから、おばあさんにテレビ電話をかけた。おばあさんはまだ自分が癌になったことを知らなかったので、吉沢凛子はただ簡単に彼女の病状について話し、医者の言うことをよく聞いて、お金のことは気にせず、しっかり病気を治すように伝えた。 おばあさんは吉沢凛子の仕事が忙しいのを知っていて、逆に彼女に自分の病気の心配はしないようにと慰めてくれた。 吉沢凛子は何度も自分の結婚について話そうと思ったが、喉元まできて、また呑み込んでしまった。 次の日の朝、吉沢凛子は少し熱っぽく、全身がだるくて会社を休んだ。 昼になると、体調が少し良くなったので、荷物を整理して、夜、篠崎家に引っ越そうと思っていた。 知らない男性と一緒に寝ることを考え、吉沢凛子はそわそわと緊張してきた。 夕方、吉沢凛子はスーツケースと身の回りの荷物を持ち、篠崎暁斗が送ってきた住所にたどり着いた。 錦が丘小路88号。 錦が丘小路は少し古い居住区で、通りは非常に狭く、道の両側には自転車やバイクなどが駐めてあり、他にも雑多な物が置かれていた。 吉沢凛子は歩きづらそうにスーツケーツを引いて歩きながら、人に尋ねて行ったが、どうしても住所の88号が見つからなかった。 彼女はだんだん自分が道に迷ってしまったのだと感じてきた。 なぜなら奥に進むほど、周りの環境はきれいに整っていき、道の幅も広くなるし、誰かの家の専用駐車場まで見えてきて、さっきまでと様子がガラッと変わってきたからだ。 88号って一体どこなんだろう? 何人かに尋ねてみたが、みんな彼女にもっと奥へ進むように言った。でも、もう突き当たりになるというのに、88号はまだ見つからなかった。 吉沢凛子は仕方ないので、篠崎暁斗に電話をかけるしかなかったが、彼はいつまでたっても電話に出なかった...... そして、最後には電源を切られてしまった。 吉沢凛子に焦りと怒りが同時に押し寄せてきた。一体この人はどういうつもりなの? 彼女に今夜引っ越して来るように言っておいて、家まで迎えに来ないのはまだいいとして、今彼女が迷子になっているというのに電話にも出ないなんてどういうことなのか。 頭が少しぼうっとしてきて、吉沢凛子は緑化帯の横の石段の上に屈んだ。どのくらい経ったのか分からないが、眩しい車のライトに照らされた。 吉沢凛子が顔を上げると、ライトを背に車から降りてきた篠崎暁斗の姿が見えた。 彼女は立ち上がろうとしたが、長いあいだ屈んでいたせいで足がしびれて体勢を崩し、立ち上がった瞬間に前かがみに倒れてしまった。 しかし、痛みは全く感じなかった。篠崎暁斗の逞しい腕が吉沢凛子を支えてくれたおかげで転ばずに済んだのだ。 「ありがとうございます」吉沢凛子は申し訳なさそうに言った。 「なんで中に入らなかったんです?」 「あの、88号がどこなのか分からなくて」 「さっき、私に電話をかけてきたのはあなたでしたか?」篠崎暁斗はさっき重役会議に出ていて、携帯がずっと鳴り続けて邪魔だったので、そのまま携帯の電源を切ってしまったのだった。 「あ、どうして電話に出てくれなかったんですか?」吉沢凛子は少し腹を立ていた。この人ってごまかすのが上手ね。 「中に入りましょう」篠崎暁斗は弁解することもなく、鍵を取り出して吉沢凛子の向かい側にある建物の方へ歩き出した。 ここが88号だったの?吉沢凛子は木の枝で遮られていた住所が書かれたプレートを見つけた。まったくもう。 篠崎暁斗が門を開けると、50歳くらいの女性が迎えた。 「相田さん、おじいさんは寝てしまった?」 「まだですよ。あなた達が帰ってくるのをお待ちになるんですって」 篠崎暁斗が大股で門に入る時、後ろで一生懸命スーツケースを引っ張っている吉沢凛子に気づいていなかった。 段差はとても高く、吉沢凛子は全身の力を振り絞っていたが、その段差を越えられなかった。 この時、大きな手が伸びてきて、吉沢凛子からスーツケースを受け取った。 ちょっと、ドキッとした。 吉沢凛子が記憶するところでは、林佑樹は一度も彼女の荷物を持ってくれたことなんてなかったのだ。 前回の引越しの時も、林佑樹は指一本動かすこともなく、彼女一人で休まず7、8個もあった大きな荷物を担いで何度も上の階まで運んでいったのだ。 このようにしても、林佑樹は彼女が怠けていると文句まで言ったのだ。彼女が荷物を運んで来ても適当に置いておくだけで、整理整頓もできないとまで言ってきた。しかも林佑樹はゲームばかりしていて彼女にデリバリーを頼むように言った。 「入らないんですか?」 篠崎暁斗の不機嫌そうな声が吉沢凛子の考えを遮った。 そして彼女は前へと進み大きな門の中に入っていった。 庭はそんなに大きくはなかったが、とても手入れが行き届いていて整っていた。壁に沿って色々な盆栽も置かれている。 「あ!」吉沢凛子は突然声を上げた。 彼女は周りの様子に気を取られていて、丸石に躓いて、もう少しで転んでしまうところだった。 篠崎暁斗は後ろを振り向いた。 吉沢凛子は気まずくなり手を振って「大丈夫です」と言った。 篠崎暁斗は地面の丸石をチラリと見て、凛子のほうに向かって来ると、その石を横に蹴飛ばし、彼女に手を伸ばした。 その手は骨ばっていて、うっすらとたこができていた。たぶん長年体を鍛えてできたものなのだろう。 吉沢凛子はどういうことかよく分かっていないようだった。 篠崎暁斗は口をへの字に歪めた。 次の瞬間、彼は自ら吉沢凛子の手を取った。 手から伝わる温かさに、吉沢凛子はドキッとした。温かいものが心の中に流れてきたようだった。 篠崎暁斗はスーツケースを相田おばさんに任せると、吉沢凛子の手を繋ぎ、おじいさんの部屋の前までやってきた。 外の様子に気付いたらしく、部屋の中にいたおじいさんが話しかけてきた。「暁斗、帰ってきたのか?」 「はい、おじいさん、もう休みますか?」篠崎暁斗の態度はとても礼儀正しかった。 「まだだ、君達入って来なさい」 篠崎暁斗は部屋のドアを開け、二人で中に入っていった。 篠崎誠はソファに姿勢良く座っていて、篠崎暁斗と吉沢凛子が手を繋いで入って来たのを見ると、安心して満面の笑みになった。 篠崎暁斗に結婚相手を探させたのは、実際仕方のないことだったのだ。篠崎誠が腎臓癌の末期で、余命半年と宣告されたからだ。 彼はたった一人の孫息子が結婚して、彼に子供ができるのを生きているうちに見ておきたかった。これが彼のずっと思い続けてきた願いなのだ。 時間があまりにも切羽詰っていて、自分の孫に辛い思いをさせたのではないかと心配していたが、この時吉沢凛子本人に会って、写真で見るよりもずっと綺麗で、優しく、善良そうな人だと思い安心した。家庭円満、夫婦仲も良いものになるだろう。孫と一緒に立っているとまさに美男美女カップルだ。 しかし、篠崎誠は篠崎暁斗の元カノである藤井杏奈を思い出し、また心配になってきた。 彼が知る限り、篠崎暁斗は吉沢凛子のような大人しく内向的で、優しく控えめな女性は好みではないだろう。 篠崎暁斗は落ち着いた性格で、規則正しい人間だ。だから、彼は元カノの藤井杏奈のような活発な女の子が好みだった。彼女はポジティブで彼の生活に活力と喜びをもたらしてくれる。 篠崎暁斗が藤井杏奈とは正反対の吉沢凛子と結婚するのを承諾したのは、彼が自分の気持ちに全く興味を失い、自暴自棄になったからではないかと篠崎誠は思っていた。 これこそ篠崎誠が一番気がかりなことだった。 「あなたが吉沢お嬢さんですね?」篠崎誠はこちらに来るよう手招きをしていた。 吉沢凛子はおじいさんのところに行くと、礼儀正しく挨拶をした。「おじいさん、初めまして」 篠崎誠は1000万の小切手を取り出して吉沢凛子に渡した。「お嬢さん、これはおじいさんの気持ちです。あなた達がこれから先、お互いに尊重し愛し合って、末永く仲良く過ごすことを願っています」 吉沢凛子はおばあさんの命を繋ぐ小切手を受け取り、突然罪悪感を感じてしまった。 「ありがとうございます。おじいさん」篠崎暁斗は吉沢凛子に代わって感謝を述べた。 吉沢凛子はそれでさらに気まずくなり、急いで付け加えて言った。「どうもありがとうございます。おじいさん、私は暁斗さんと仲良くやっていきますから、安心してください」 篠崎誠は満足げに頷き、篠崎暁斗のほうを見た。 篠崎暁斗はおじいさんが彼女と同じように誓いを述べるのを期待していることが分かった。 でも、篠崎暁斗はもたもたして、なかなか口を開かなかった。 吉沢凛子が彼を見ると、ちょうど彼は葛藤し、必死にあがいているようだった。 しばらくして、篠崎暁斗はようやく口を開いた。「おじいさん、安心してください。私は吉沢さんに対してきちんと責任を持ちますから」 篠崎暁斗は『責任を持つ』という言葉を使い、それ以外の聞こえの良い言葉は吐き出さなかった。聞いていると、とても無理をして搾り出したような、何かに迫られて出したような言葉だった。しかし、どうであれ、篠崎暁斗から誓いの言葉をもらった篠崎誠は少し安心できたようだ。 それから、二人は彼らの部屋に戻った。 部屋の内装はシンプルなものだったが、上品だった。木材のキングサイズベッドに、バルコニーは明るく清潔で、主寝室にはウォークインクローゼットまである。 ベッドの布団は新しく、二人用の布団を新しく買い直してきたようで、包装はまだ開けられていない。 吉沢凛子は家具屋巡りをするのが好きだから、このブランドが安いものではないことを知っていた。セットで何万円もするものだ。 篠崎暁斗が普段使っているものは、こんなに贅沢なものばかりなのかな? そう考えている時、篠崎暁斗が一枚の紙を手渡してきた。その上には『婚前契約書』と書かれてあった。 吉沢凛子はちょっと驚き、その契約書を受け取った。篠崎暁斗の意図がよく理解できない。 篠崎暁斗は吉沢凛子をベッドの上に座らせると、彼女に契約書に書かれた注意事項を指差して言った。 「今日、おじいさんが君に1000万の小切手を渡したでしょう。それとは別に君に貸す1000万を今週末前にカードに振込みます。 それと、もう一つ君に言っておきたいことがあるんですが、私の祖父は癌で余命半年なんです。この半年間おじいさんには楽しく過ごしてもらいたい。だからあなたには私に合わせてもらいたいんです」 吉沢凛子は篠崎暁斗が指差した項目を見た。そこにはこう書かれてあった。『二人は結婚期間中、関係を持たないこと。他人の前で、二人が夫婦として愛し合うふりをしている場合、体の接触は許される』 「それから、ここも」篠崎暁斗は最後の項目を指差した。『半年後、二人は離婚協議し、1000万の結納金は女性方への経済的補償として当てられる』 これは1000万で彼女を半年間買ったということ? 吉沢凛子は驚いた。 つまり、半年後、彼女はまた自由になれるということじゃないか。 吉沢凛子の隠しきれない喜びの顔を見て、篠崎暁斗は突然怒りが湧いてきた。 そして、彼は契約書にまた一文書き加えた。『離婚手続きの前に、女性方は必ず男性方に1000万の借金を返済すること。さもなければ、結婚は借金返済まで継続されることとする』 この人は彼女が借金を踏み倒すとでも思っているのか? やることが本当に厳格だよね、なるほど、さすがはIT系男子ですこと。 「よく契約書を読んで、問題がなければサインしてください」篠崎暁斗は彼女にペンを渡した。 吉沢凛子は契約書に目を通した。重要な箇所はさっき篠崎暁斗から説明済だ。ざっと言ってみれば、結婚前と後の財産はそれぞれお互いに自分で所有する。 もともと出費は割り勘にするつもりだったが、契約書の中には結婚後の出費は全て男性が出し、女性の経済的な負担は必要はないと書いてあった。 吉沢凛子は快くサインした。 篠崎暁斗は明らかにホッと一息つき、契約書をしまった。 この時、相田おばさんが吉沢凛子のスーツケースを持って部屋に入ってきた。そして、おじいさんがさっき起き上がる時に、腰をひねってしまったので篠崎暁斗に見に行ってほしいと伝えた。 篠崎暁斗と吉沢凛子は急いでおじいさんの部屋へと向かった。 すると、篠崎誠は体の半分をソファに寄りかけて、動くにも動けない様子だった。 「おじいさん、どうしました?救急車を呼びましょうか」と篠崎暁斗は緊迫した様子で言った。 「ちょっと待ってください」吉沢凛子は、軽くおじいさんの腰のツボを数箇所押し、彼が少しだけ腰をひねって痛めているだけだと分かった。 「もう遅いですから、呼ぶ必要はないです。おじいさんのツボを押して、薬を塗ってあげれば明日の朝にはよくなっているはずですから」 篠崎暁斗は半信半疑だった。 しかし、おじいさんがどうしてもと言うので、吉沢凛子は薬剤オイルを取り出しておじいさんにマッサージをしてあげた。 一つ一つ、ツボを確実に押していき、おじいさんの腰の痛みはだいぶ緩和された。 篠崎暁斗はそれを見て少し安心した。 吉沢凛子がマッサージを終えると、おじいさんはすぐに動けるようになり、彼女の腕を褒めた。 篠崎誠はかなり喜んだ様子で、もはや黙っていられなかった。宝物を拾ったような気持ちだったのだ。 「吉沢お嬢さん、できるだけ早く暁斗と子供を作ってください。子供ができたら、おじいさんがこの家をまるごとあなたにプレゼントしますよ。どうですか?」 「ごほ、ごほ、ごほ......」この言葉で、部屋に戻ろうとしていた篠崎暁斗は危うく自分の唾にむせて死ぬところだった。 「おじいさん、子供のことは焦らないでください。今日は早めにお休みくださいね」 この家は今の不動産価格で200億以上するのだから、この誘惑は誰にとってもかなり大きい。 篠崎暁斗は頭が痛かった。 篠崎凛子はそれでも非常に淡々とした様子だった。結局半年後には離婚するのだから、彼女はこの家のために知らない人と子供を作るはずなどないのだ。 二人は再び部屋に戻り、篠崎暁斗はポケットから一枚のカード取り出して吉沢凛子に手渡した。 「これは給与が振込まれるカードです。持っていてください。今後、家庭内の出費は家政婦の相田さんの毎月18万の給料も含めて、このカードを使ってください......」 「あなたの家の家政婦さんのお給料はとても高くないですか」吉沢凛子はカードを受け取った。 「彼女はおばさんの紹介なんです。とても仕事ができるし、信頼できる人です」 「あの、今後の家のことは全て私が決めていいんですよね?」 「もちろん、でも重要なことは私と相談して決めてください」 「重要なことって例えば?」 篠崎暁斗は一瞬固まった。彼自身も何が重要なことなのか考えていなかったのだ。 「もう少し給料が安い家政婦さんに変えるのはそれに含まれます?」吉沢凛子は純粋にこの家政婦を雇うのは高いと思ったのだ。 「これは重要なこととは言えませんけど、18万の給料が高いですか?」 「あなたの給料の3分の1ですよね。高くないです?」吉沢凛子は不思議そうに篠崎暁斗を見つめた。二人の間の認識には大きな差があるようだ。 篠崎暁斗は眉をひそめた。彼のシャツは一枚18万どころではないのだと言いたかった。 「もし高いと思うなら、好きにしてくれて大丈夫です」篠崎暁斗はそう言うと、着替えの服を持って浴室へと入っていった。 吉沢凛子は篠崎暁斗が怒っているように感じた。さっきはかなり率直すぎたんじゃないかと後悔した。給料用のカードをもらったばかりだから、少しでも節約しようと思っていたのだが、その結果、感謝はされず逆に怒らせてしまったらしい。 「シャー」という水が流れる音を聞きながら、吉沢凛子は突然眠気に襲われた。 彼女はカードをしまい、風邪薬を2錠飲んで、パジャマに着替えるとベッドに上がった。そして布団をベッドの真ん中に縦にまとめて、寝る場所を二つに分けた。 彼女は壁側のほうに横になり、反対側を篠崎暁斗が寝やすいように残しておいた。 本当は篠崎暁斗が出てくるのを待って、一言二言話してから寝ようと思っていたのだが、吉沢凛子は風邪薬を飲んだせいか、それからすぐに眠りに就いてしまった。篠崎暁斗はわざと時間稼ぎをするために、長くシャワーを浴びてようやく風呂から上がってきた。 うとうとしている中で、吉沢凛子は突然ベッドが少しへこんだのを感じた。でも、彼女は眠すぎて目を開けることができず、すぐにまたぐっすりと寝てしまった。そしておばあさんの夢を見た。 夢の中で、彼女はおばあさんの腕の中に飛び込み、子供の頃と同じようにおばあさんの首に手を回して甘えた。 おばあさんの懐はとても暖かく、ボディソープの良い香りがしてとても気持ちが良かった。 しかし、おばあさんは少し嫌そうに彼女を押し返していた。しかし、彼女を押せば押すほど、力強く抱きついてきた...... 明け方、篠崎暁斗の目は開いたままだった。彼の懐に吸い付いて離れない『タコ』が彼にしっかりとしがみついていて、一晩、全く寝ることができなかったのだ。 彼は何度も吉沢凛子を外に放り出そうと思ったが、彼女が夢の中で「おばあちゃん」と呼ぶのを聞いて、結局は堪えてしまった。 この一晩、篠崎暁斗は徹夜の仕事よりも疲れた気がした。 そして翌朝のこと。 篠崎暁斗は起きて仕事に行く準備をしていた。 一方、吉沢凛子はまだ起きてこない。おそらく風邪薬の影響だろう、ぐっすりと眠っていた。 篠崎暁斗は本気で彼女をたたき起こしてやりたいと思った。 この時、相田おばさんが篠崎暁斗にアイロンがかかったスーツを持って入ってきた。 「篠崎さん、吉沢お嬢さんは起きましたか?」相田おばさんは寝室に目を向けて言った。 本来、相田おばさんは自分の姪っ子の相田紬を篠崎家に紹介して嫁がせようと計画していた。 相田紬は海外から戻ってきた医学博士で、きれいな女性だ。 しかし、篠崎家のおじいさんは全く彼女の姪っ子を嫁として迎える気はなく、なんとネット上に広告を出して、その中から相手を選んでしまったのだ。 それで相田おばさんはとても機嫌を悪くしていた。 特に昨晩、おじいさんは吉沢凛子が篠崎暁斗の子供を身ごもったら、この邸宅も彼女にあげるとまで約束したのだ。 相田おばさんはこの事でかなり腹を立てていて、一晩中、一睡もできなかった。 こんなに美味しいぼた餅は、彼女の姪っ子である相田紬の頭に棚から落ちて来るべきじゃないのかと何度も何度も考えていた。 それで彼女は朝早く起きて、スーツを届けるのを理由に、二人が昨夜関係を持ったかどうかを確認しようと思って部屋までやってきた。 篠崎暁斗の目にはクマができていて、元気がなく、彼は服をそのまま受け取ると、全く相田おばさんの相手をしなかった。 相田おばさんはドアの隙間から、雪のように白い腕がベッドの外に伸びているのだけを確認できた。 さらに篠崎暁斗が連続であくびするのを見て、昨夜二人が関係を持ったことを確信した。 それが非常におもしろくなかった。 「篠崎さん、昨日管理人が半年分の共益費を払ってくださいと言っていましたよ」と相田おばさんは言った。 「これからはこういうことは吉沢凛子さんに言ってくれればいいです」 「でも......」 相田おばさんはまだ何か言いたげだったが、篠崎暁斗の鬱陶しそうな様子を見て、相手を怒らせるのを恐れて口を閉じた。 篠崎暁斗が出かけてからすぐ、吉沢凛子は相田おばさんに布団をめくられて起こされた。 「吉沢さん、そろそろ起きてください。朝ごはんの準備をしないと」 吉沢凛子が目をこすると、相田おばさんが凶悪な顔つきでベッドの前に立っていたものだから、凛子はびっくりしてしまった。 「相田さん、びっくりさせないでくださいよ」吉沢凛心はベッドから起き上がり座った。「今度から部屋に入るときはノックしてもらってもいいですか?」 「あなたったら、あんな死んだように眠ってしまって、ノックしても聞こえないでしょう?」相田おばさんは堂々と言った。 「でも、こういうのはとても失礼なことだと思いませんか?」吉沢凛子はこんなに横柄な家政婦さんを見たことがなかった。家政婦というより、母親やおばあちゃんみたいだ。 「わかりました。次は気をつけます」相田おばさんは白目をむいて言った。「じゃあ、今朝は誰が朝食を作りますか?」 「今までは誰が作っていたんですか?」 「もちろん私ですよ。でも、今朝篠崎さんに伺ったら、彼は今後は一日三食、吉沢さんに担当してもらうとおっしゃっていましたけど」 吉沢凛子は意味がよく分からなかった。 篠崎暁斗はそんなことを彼女に言ってなかったけど? しかも、ひと月18万も払って雇っている家政婦が朝ごはんさえも作らないのか? 吉沢凛子は相田おばさんを見て尋ねた。「私が食事を作るなら、あなたは何をするんです?」 「私が何をするかは、あなたに関係ないのではないですか?あなたは自分のことをちゃんとしていればいいんですよ」 「じゃあ、分かりました。あなたの18万のお給料の半分は私がいただきます。私がこれから一日三食を担当しますので」 吉沢凛子はどうして相田おばさんが、自分にこうも突っかかってくるのか分からなかった。もしかしたら、篠崎暁斗の意向なのかもしれないが、このようなバカげたことを見て見ぬふりはできないのだ。 相田おばさんはそれを聞くとすぐに烈火のごとく怒り出した。 「どうしてあなたに私の給料を持って行かれなくてはいけないんですか?あなたにご飯を作ってもらうのは篠崎さんにそう言われたからです。私があなたにさせているわけじゃないんですから」 「じゃあ、後で篠崎暁斗さんに電話で確認してみます」吉沢凛子は不機嫌になって言った。「出て行ってもらえますか?私、服を着替えたいんで」 相田おばさんは、吉沢凛子は見た目はおとなしくて優しそうなのに、まさかこんなに一筋縄ではいかないとは思ってもみなかった。 相田おばさんが部屋から出ていった後、吉沢凛子は起きて服を着替え、適当に片付けをした後、キッチンへと向かった。 篠崎家のキッチンはとても広く、ミシュランに掲載されるような高級レストランの厨房のようだった。 吉沢凛子は10代から自分でご飯を作っていたから、朝ごはんなど彼女にとっては正に朝飯前なのだ。彼女はすぐYoutubeで栄養満点の朝ごはんの作り方を見て習び、篠崎おじいさんのところへと運んで行った。 おじいさんは大喜びして、吉沢凛子の料理の腕前をほめたたえた。 本当は吉沢凛子に恥をかかせるつもりだったのに、逆に褒められるという結果になって、相田おばさんの怒りがさらに増してしまった。 吉沢凛子がおじいさんの部屋から出てきた時、相田おばさんも一緒に出てきた。 「吉沢さん......」 「私のことは奥様と呼んでもらえますか?」吉沢凛子は無表情で相田おばさんを見ながら、この18万円もする家政婦を雇うのは本当に無駄だと感じた。 相田おばさんは内心そうしたくはなかったが、やはり呼び方を変えた。「奥様、お作りになった朝ごはんは二人分ですけど、私の分は一体?もし、朝ごはんを私に自分で用意しろとおっしゃるなら、篠崎さんにお願いしてお給料を上げてもらいます」 「18万の給料なら、一日三食分くらいは足りるでしょう」吉沢凛子は仕事に遅れそうだったので、彼女と無駄話をこれ以上はしたくなかった。そして、身を翻して去って行った。 この時、相田おばさんは突然彼女の腕をつかんで、涙声で訴えた。「篠崎奥様、私にそのような態度を取らないでください......」 「放しなさい」吉沢凛子は相田おばさんの突然の行動に頭が混乱して、力強く腕を振り払った。それで思いがけず相田おばさんは勢いよく後ろに転倒してしまった。 傍から見ると、まるで吉沢凛子が相田おばさんを押し倒したように見えた。 「吉沢凛子!」後ろから篠崎暁斗の冷たく厳しい声が響いた。 吉沢凛子が後ろを振り向くと、一度出かけてまた戻ってきた篠崎暁斗が大股で向かって来て、床に倒れ込んだ相田おばさんを助け起こした。 「相田さんは年配者だぞ、何かあるならちゃんと言葉で言えばいいだろ。どうして手を出すんだ?」 吉沢凛子は瞬時に理解した。相田おばさんは戻ってきた篠崎暁斗を見て、さっき突然あのような演技をしだしたのだ。 「どうして何も言わない?」篠崎暁斗は吉沢凛子が言い訳もしてこないので、顔つきが厳しくなった。 「私は彼女を押していません。自分で倒れたんですよ」吉沢凛子は濡れ衣を着せられてどうも申し開きするのがとても難しかった。この年配の家政婦がまさかこんなに腹黒い人だとは。 「篠崎さん、違うんです」相田おばさんは、この時目を少し赤くして、まるで自分の父親が亡くなったかのように辛そうな演技していた。ここまでやる人間がいるとは。 「一体どういうことなんだ?」篠崎暁斗は少し怒っているようだ。 「篠崎さん、今朝、吉沢さんはおじいさんに気に入られたくて一日三食の食事を担当したいと言ってきたんです。それから、今後は私はご飯を作る必要がないと。でも、お給料を半分に減らすって言うんです。あなたも私の家庭状況をご存知でしょう、息子は今年大学受験だし......」 篠崎暁斗はそれを聞いてだいたい理解した。彼は昨晩、吉沢凛子がずっと家政婦の給与が高すぎるから家政婦を他の人に変えたいと言っていたのを思い出した。それで、こんなに朝早くから予想外の問題を起こしているわけだ。 「私と一緒に来てください!」篠崎暁斗は吉沢凛子を入口に止めてあった車の中に連れて行った。彼はおじいさんに彼女と喧嘩するのを聞かれたくなかったのだ。 「君が新しい家政婦に変えたいのは知っているけど、こんなやり方じゃダメじゃないですか」 「どんなやり方ですか?」吉沢凛子は篠崎暁斗は物事を頭ごなしに決めつける人間だと思った。 「どんなって、さっきのようなやり方ですよ。すぐに乱暴に走るような真似です」篠崎暁斗は吉沢凛子のやり方には本当に呆れてしまった。 吉沢凛子も言い訳をしたくなかったので、携帯を開いてある録音を流し始めた。 録音の中で、相田おばさんは何度も強調して、篠崎暁斗が吉沢凛子に毎日三食を作るように要求したのだと言っていた。しかも吉沢凛子に自分のことだけやって、他のことには口を出すなと偉そうな態度だった。 ベテランの財務として、吉沢凛子は自己防衛の警戒心がとても高い。普段から上司や同僚に用心して、いつでも録音するのが彼女の仕事上での習慣になっていた。それがまさか今日役に立つとは思っていなかった。 篠崎暁斗はその録音を聞いていくうちに眉間のシワがだんだん深くなっていき、驚きと怒りが混じっていた。 しばらく経ってようやく彼は再び口を開いた。その時の彼の口調はだいぶ穏やかになっていた。「相田さんはおばの紹介なんです。あなたがここに来てすぐに他の家政婦に変えたら、おばにどう説明すればいいのやら。もし彼女を使いたくなければ、今はとりあえず様子を見てもらえませんか」 吉沢凛子は篠崎暁斗が困っているのは見て取れたが、このような家政婦がおじいさんのお世話をちゃんとできるとはとても思えなかった。 「じゃあ、家の中に監視カメラを設置したいんですけど」 篠崎暁斗は吉沢凛子の意図を読み取った。彼女は相田おばさんがおじいさんに何か良からぬことをしないか心配しているのだ。 「家のことはあなたが決めて大丈夫です」篠崎暁斗はそう言うと、車を出し吉沢凛子を会社まで送った。 篠崎暁斗と吉沢凛子の会社はそんなに離れていないが、彼女に自分の正体を明かしたくないので、ある十字路のところに車を止め、ここまでしか送れないと言った。 吉沢凛子もあまり深く考えずそのまま車を降りた。 そして、会社に入ってすぐ、榎本月香に捕まった。 「良いお知らせよ、佑樹は昨日アステルテクノロジーに面接に行って、人事部長から好印象だったらしいの。今回私の佑樹がアステルテクノロジーに就職すれば、一気に出世したも同然よ」 「あなたと林佑樹のことは私には関係ないでしょ。今後二度と私に話さないで」吉沢凛子は榎本月香を押し退けて行こうとした。 「まったく、ちょっと待ってよ。まだ用事があるんだから。あなたあの家をネットで売りに出したんですって?誰に売っても同じなんだから、私と佑樹に売ってくれない?」 「あなた達、一括払いができる?」 「それは無理よ、分割なら問題ないわ。佑樹がアステルテクノロジーに入れれば年収は1000万くらいあるんだから、払えないってことがあると思う?」 「分割は受け付けないわ、一括のみよ」吉沢凛子はきっぱりと断った。 「もう、あなたってどうしてそんなにケチなのよ。あなたと佑樹は一応恋人同士だったでしょ、ちょっとは考慮してくれてもいいんじゃない?」 「榎本さん、あの家は相場よりも安くしているの。それに、あなた達二人には絶対に売らないから覚えておいて」 吉沢凛子はそれ以上榎本月香の相手をせず、急ぎ足でオフィスへと向かった。榎本月香は腹を立ててしきりに足を踏み鳴らした。 あの家は立地がよく、内装もかなり良いし売値も安いのだ。つまり、見えるところにあるのに手が届かないので、榎本月香が腹を立てない理由はないだろう。 アステルテクノロジーの社長会議室。 朝のミーティングにて。 篠崎暁斗は目をうとうとさせて、絶えずあくびをしていた。 幹部役員たちはお互いに目を合わせて、篠崎暁斗が昨晩一体何をしていたのか推測していた。一晩一睡もしていないような様子だ。 残業か?篠崎社長が昨日退勤した時間はそこまで遅くなかったはずだ。 バーに入り浸っていた?いやいや、篠崎社長にはそのような趣味はない。 ゲーム?社長はゲームなんてしたことないから、それもないだろう。 ...... 様々な憶測を繰り返し、篠崎暁斗が女性と一緒にいたのだと全員一致した。なぜなら、彼の肩の上には長い髪の毛がついていて、エアコンの風に吹かれて左右に揺れていたからだ。 どうやら篠崎社長は昨晩ヤリすぎたらしい、その場全員は気を利かせて簡単な報告をして会議を終わらせた。 しかし、篠崎暁斗が女性と遊んだニュースはあっという間に会社全体に知れ渡った。 オフィスに戻ると、篠崎暁斗はデスクの上に置かれた吉沢凛子に関する調査報告書に目をやった。 彼は額を押さえ、しぶしぶ二ページを見た。彼氏の林佑樹と三年間同居していたことを知り、篠崎暁斗の手がわなわなと震えた。 彼氏がいるのに彼と結婚したのか? 同居していた。しかも三年間も? 篠崎暁斗は血圧が上がるのを感じた。顔は瞬時に20度に設定されたエアコンよりも冷たくなった。 彼と吉沢凛子はただ名義上の仮面夫婦なだけだが『同居』という二文字が彼はどうしても受け入れられなかったのだ。 彼と元カノは5年も付き合っていたが、一度も一線を越えたことなどなかった。結婚前に同居するなど、彼はなにがあっても受け入れられないのだ。 見栄を張り、純粋なように見せかけ、陰ひなたがある人間、嘘八百......このようなネガティブな言葉が瞬間的に篠崎暁斗の頭の中に流れ込んできた。 そして、彼は吉沢凛子が半年後に離婚すると知った時のあの嬉しそうな顔を思い出した。 半年で1000万を手に入れ、そして彼氏と仲良く同棲するつもりか? いや、違う。1000万だけではない。それに加えて1000万も借りているだろ。 本当に腹黒い女だな。 調査報告書をつかんでいる手にゆっくりと力が入っていき、きれいだった資料がみるみるうちにひと塊の紙くずになっていった。 人事部長がこの時ドアをノックして入ってきた。 篠崎暁斗はその手を止めると、ゆっくりと頭を上げた。「なんだ?」 人事部長は篠崎暁斗の表情に驚き、口ごもりながら言った。「し、篠崎社長、昨日会社面接で二人見ましたが、どちらもレベルの高いネットワークエンジニアです。このプロジェクトの責任者である滝本副社長は今日休みを取っていますので、私に決めるようにと。しかし、私にはエンジニアの技術をはかれるような技量はありません。そ、それで......彼らの履歴書を持って来るしかなくて、社長に見てもらい、どちらか一人決めていただけないでしょうか?」 人事部長は言い終わると、履歴書を篠崎暁斗の前に起き、そそくさとその場を去っていった。 篠崎暁斗はかなりイライラしていた。こんな小さな事で彼を煩わせるつもりか? ざっと目を通すと、上にあった履歴書に書かれた『応募者——林佑樹』が目に入ってきた。 篠崎暁斗は履歴書を開いた。 林佑樹、男、24歳、国立大学工学部卒業。太陽ネット通信株式会社技術部長担当。 この人間が吉沢凛子の彼氏か? 彼の技術レベルは普通だ。証明書も全て見掛け倒しの実用的でない表面的なものばかりだ。 篠崎暁斗が住所欄を見ると、吉沢凛子が結婚相手に応募してきた時に書いていた住所と一致していた。 二人はやはり同居しているのか。 篠崎暁斗は自分の本当の正体を明かさず、結婚相手募集をしていて良かったと思った。このような見栄っ張りの女に万が一でも自分の身分が知られたら、絶対に簡単にはこの女を振りほどけなくなるはずだ。 しばらく何度も考えて、篠崎暁斗は電話を取ると人事部へかけた。そして林佑樹のほうを採用し、月収は100万だと通知した。 林佑樹は採用通知を受け取るとすぐに榎本月香に連絡した。 もちろん榎本月香は吉沢凛子にマウントが取れるこの好機会を逃すわけなかった。 昼休みの間、榎本月香は吉沢凛子の隣の部屋に居座って、自分の彼氏は能力が高い、一ヶ月に100万も稼げる男なのだと褒めたたえていた。 その声はかなり大きく、会社全体に聞こえるくらいだった。 吉沢凛子は午後ずっと心ここにあらずで、何度も精算を間違えたりしながら、退勤するまで辛抱し続けた。 弟が電話をかけてきて、おばあさんが入院してすぐ具合が悪くなったと伝えてきた。 それで、吉沢凛子はすぐに病院へ駆けつけた。 おばあさんは非常に危険な状態で、今すぐ手術をする必要があった。 吉沢凛子はあれこれ説得を繰り返し、1000万の手術費用の前金を支払い、病院側はようやくおばあさんの手術の準備を始めた。 弟は今年大学を卒業する予定で、今まさに卒業論文を書いている最中だ。吉沢凛子は弟を大学に戻らせ、彼女がおばあさんに付き添った。 夜9時半、吉沢凛子の携帯が鳴った。それは篠崎暁斗からかかってきた電話だった。 そして、篠崎暁斗は口を開くとすぐ吉沢凛子を詰問し始めた。仕事が終わったのにどうして家に帰っていないんだ?おじいさんが彼女が帰ってくるまで晩ご飯を食べずに今もずっと待っているんだぞ等だ。 吉沢凛子はそれを聞いてギクリとした。 彼女はあまりの忙しさに、完全に自分が結婚していたことをきれいさっぱり忘れてしまっていたのだ。 「すみません、ちょっと用事があって遅くなりました。もうちょっとしたら帰ります」 「迎えに行きます」そう言うと、篠崎暁斗は電話を切った。 迎えに来る? 彼は私の居場所が分かるの? 吉沢凛子は彼に電話をかけなおしたが、篠崎暁斗はそれに出なかった。 おばあさんを落ち着かせ、家族の面会時間が過ぎ、吉沢凛子は医者から病室を追い出される形で出てきた。 病院を出た時にはすでに10時過ぎだった。 この時、篠崎暁斗は吉沢凛子のマンションの一階にいた。三階の部屋の明かりはついているので、彼は吉沢凛子が家にいると確信していた。 しばらくして、カーテン越しに二人の人影が現れ親しそうに抱き合っていた。女の影は吉沢凛子とほぼ同じだ。 結婚二日目にして他の男と密会しているとは。 本気で彼をお飾りだとでも思っているのか? 篠崎暁斗は怒りが心頭に発した。 彼は力強く何回か車のクラクションを鳴らしたが、階上の二人はそれに気づかず逆に周りの住人から罵られてしまった。 「こんな夜遅くにデタラメにクラクションを鳴らす奴があるか、頭おかしいんじゃないのか?」 篠崎暁斗は怒りのあまりハンドルを力を込めて叩いた。現在の彼はまるで誤って蠅でも口に入ってしまったくらい気持ちが悪かった。 吉沢凛子が篠崎家に帰って来た時、篠崎暁斗は家にはいなかった。 相田おばさんは回りくどい言い方で「結婚したばかりだというのに、こんなに遅くに帰ってきて、篠崎さんは本当に嫁運が悪いですこと」と凛子に言った。 「彼はどこに行ったんですか?」吉沢凛子は尋ねた。 「私が知るわけないでしょう。おじいさんはあなたが帰ってくるまでずっと晩ご飯を待っていらしたんですよ。遅くなるならなるで電話の一本でもよこすのが筋ってものでしょうに」 「次は必ず気をつけます」吉沢凛子も本当に気がとがめていた。 でも、おじいさんがもう休んだと聞いて、彼女は自分の部屋に戻るしかなかった。 腰掛けてすぐ、篠崎暁斗がドアを開ける音が聞こえた。かなり力強く開けたらしく、ドアが外れてしまいそうな勢いだった。 吉沢凛子は立ち上がった。 「おかえりなさい」 篠崎暁斗は彼女を見た瞬間、明らかに驚いた様子だった。「君はどこへ行っていたんだ?」 「おばあさんが病気なので、さっき病院から帰ってきたんです」 「おばあさんが病気だって?」篠崎暁斗は皮肉っぽい笑いをした。「それで、次はおばあさんが手術をするから、たくさん治療費が必要だとでも言うんじゃないか?」 「どういう意味ですか?」吉沢凛子は篠崎暁斗が自分を嘲笑しているのが分かり、怒りがこみ上げてきた。「信じられないなら、病院に行って見てきたらどうですか」 篠崎暁斗は必死に怒りをこらえ尋ねた。「吉沢凛子、君には一体、あとどんな隠し事があるんだ?」 「何が知りたいんですか?」 篠崎暁斗は一旦気持ちを落ち着かせ、できるだけ自分を冷静に保とうとした。 「君には彼氏がいるんじゃないのか? そいつと三年間同居して、今は独り身のふりをして俺と結婚したんだろ。吉沢凛子、俺のことをバカな奴だからって弄んでるのか?」 部屋の電気は消えていて、暗闇の中に立っている篠崎暁斗はこの時、まるで魔王にでもなったかのように、全身から危険なオーラを放っていた。 「あなた、私の調査をしたってこと?」吉沢凛子はこの男が彼女の調査までしたことが全く信じられなかった。 「したら悪いのか?君が俺にもっと素直で誠意のある人間なら、俺がわざわざ君の調査をする必要なんてないだろ?」 「そうよ、以前彼氏がいたけど」吉沢凛子は腹を立てて言った。「でも、あなたと結婚する前に、もう別れたわ。 あなたの結婚相手に対する条件には婚前に恋愛経験があっちゃダメだなんて書いてなかったわ。今こんなこと持ち出してきて、一体どういう意味よ?」 吉沢凛子は篠崎暁斗が彼女に1000万をあげたことを後悔して、今このようにあれこれと粗捜しを始めたと思っていた。 「俺は確かに恋愛経験があってはいけないとは言わなかったが、君は今奴と全く連絡を取っていないと言い切れるのか?」 「別れてから、一度も連絡してないわよ」 「本当か?」 「私のことが信じられないなら、また探偵でも雇って調べたらいいじゃない」吉沢凛子の怒りがふつふつと湧き出してきた。「正直に言うけど、あなたと結婚した目的はあの1000万の結納金のためよ。もし、そのお金が惜しいなら、明日離婚手続きに行きましょう。でも、お金は今すぐあなたに返すことはできないわ。だっておばあちゃんの手術費用の前金としてもう払っちゃったから。だからって心配しないで、遅かれ早かれ必ずあなたに返すから。絶対に一円も損させるようなことはしないわよ」 吉沢凛子は言いたいことを全て吐き出して、スーツケースを持ち外に向かって歩いて行った。 しかし、彼女が玄関に着く前に、スーツケースを篠崎暁斗に奪われてしまった。 「結婚してたった一日で離婚するなんて、面汚しもいいとこだろ」篠崎暁斗は今は冷静になっていた。時間を計算してみると、もし今晩あの階上にいた女が吉沢凛子であれば、彼女が彼よりも先に家に帰ってきているはずはない。 それを考えると、彼はまた突然吉沢凛子のことを誤解していたと思った。 すると彼はベッドの収納スペースを開き、吉沢凛子のスーツケースをその奥の方にしまい込み、またそこをしっかりと閉じた。 つまりこれって彼女が逃げるのを心配しているのか? 昨日、吉沢凛子はそのベッドの収納スペースを開けようと思ったのだが、どうやっても開けられなかったのだ。 篠崎暁斗のやつ、一体何を考えているのよ。 「何か作ってくれないか?お腹が空いたんだ」篠崎暁斗はソファに座り、ノートパソコンを開いて仕事をしながら夜食を待つつもりらしい。 こんなに夜遅くにご飯を作れって? 反論しようと思ったが、吉沢凛子もお腹が空いていてお腹が鳴った。 それで彼女はキッチンへ行き、二人分の冷麺を作った。 彼女が冷麺を持ってきた頃には篠崎暁斗はソファに寄りかかってもう眠ってしまっていた。 眠ってはいるが、篠崎暁斗の眉間には未だにシワが寄っていて、とても疲れているようだった。 彼は唇をきつく閉めていた。その線はとてもはっきりとしていて、唇の形もとてもきれいだった。 大の大人の男がこんなにきれいな顔をしていて、なんなの? まつ毛もこんなに長いって?ただ長いだけじゃなくて、上にきれいにカールしている。彼女がビューラーを使ったとしても、こんなにきれいに弧を描いた形には仕上がらない。 生まれついての美しさと後から手を加えてきれいに仕上げたものとでは、やはり比べようがないようだ。 興味津々で、吉沢凛子はもっと近くで彼のその長いまつ毛を眺めたいと思って、篠崎暁斗に顔を近づけた。 すると突然、篠崎暁斗が目を開いた。 「もう十分観察しただろ?」 「あ!」吉沢凛子は驚いて足元がふらつき、つまずいて篠崎暁斗の懐に飛び込んでしまった。 よく知らない男性の息に、瞬時に吉沢凛子の感覚が刺激された。 彼女は慌てて、すぐに身を起こし、しどろもどろになりながら言った。「あの、わ、わたし、冷麺作りました」 篠崎暁斗は驚いて小鹿のようにプルプルしている吉沢凛子を見て、おもわず口角を上げ笑った。その唇はきれいな弧を描いた。 吉沢凛子は篠崎暁斗は笑わない人だと思っていたのだが。 意外にもなかなか見られない彼の笑顔を見ることができて、吉沢凛子は危うくその魅力に落ちてしまうところだった。 篠崎暁斗は吉沢凛子の向かい側に座り、その冷麺をじっくりと眺めた。 「食べないんですか?お腹が空いてたんじゃ?」吉沢凛子は尋ねた。 「俺はあまりトマトが好きじゃないんです」そう言ってはいるものの、無理をして箸でつかみ、一口味見してみた。 そして、箸で一つ一つトマトを取り出していった。 吉沢凛子は好き嫌いのある人に我慢ができないので、ぶすっとして言った。「トマトは野菜の女王と呼ばれているんですよ。ビタミン豊富で薬いらずなんですからね」 「薬なら喜んで飲むよ」篠崎暁斗は頑なにそう言った。 篠崎暁斗が麺を食べる所作は非常に上品だった。一つ一つの動作にはすべて真似し難い優雅さが漂っている。 吉沢凛子は自分の食べ方は結構いけていると思っていたが、篠崎暁斗と比べると、ようやく生まれつき備わっている高貴さと優雅さとは何かを思い知った。 しかも、篠崎暁斗が毎回麺を取る量はいつも同じだった。吉沢凛子は一体彼はどうやっているのか不思議だった。まさかプログラマーの麺の食べ方は、まさにプログラミングと同じように少しもいいかげんにはできない几帳面なものなのか? 「アステルテクノロジーという会社をご存知ですか?」吉沢凛子は篠崎暁斗もプログラマーだから、その業界で有名なアステルテクノロジー株式会社のことを知っていると思っていた。 篠崎暁斗は箸を持つ手に力が入った。「どうしましたか?」 |
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